イーハトーブの始まり(1)

宮沢賢治ファンにとって大切な場所が光原社。
童話「注文の多い料理店」は大正13年に
花巻農学校で教鞭を執っていた賢治の元に
創業者で賢治の盛岡中学の後輩の及川四郎が
訪ね、賢治から膨大な童話の原稿を預かり
「注文の多い料理店」を発刊しました。
賢治の命名による光原社は現在全国各地の
民芸品を扱っています。

「イーハトーブ」という言葉は大正12年の
「イーハトーブ霧氷」という短い詩が最初で
賢治は当時飢餓や凶作餓死という悲惨な現実
から「注文の多い料理店」がイーハトーブ童話
として農民や友人、教え子達にエールを送り
続けたと及川四郎は綴っています。

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